現在日テレ系で放映中の昨夜の「美丘」。
主人公の美丘は二十歳の大学生であるが難病にかかってしまい余命が一年あるかないかの状態である。
大好きな彼と念願の同棲生活を始め、残りの人生を生きたいと願う。
でも同棲を始めた途端に病が悪化し倒れてしまう。
全てを失う美丘にとって死の現実を頭で理解していても、いざ現実となるとあまりにも辛い。
美丘は同じ大学の同棲相手である太一に言う。
美丘・・「私が死んでいなくなっても、私が生きていた証人になってね」
太一・・「分かった。俺は美丘の生きていた証人になる。・・・でも二人で生きるんだ! 」
「二人で一緒に生きるんだよ!」
人は二度死ぬと言われている。
一度目は本人の死。
二度目は本人を知っていた人が死んでしまう時。
仮に本人が亡くなっても、家族や友人の心の中にはいつまでも先に亡くなった人に対する記憶は残っている。
まさに生きているか、またはそれ以上に残された人の心を支配して存在価値がある。
でも、自分を覚えてくれている人もいずれ亡くなってしまう。
その時、本当の死を迎えるという。
自ら命を絶つと、残された人は悲しみを死ぬまで引きずる。
だから死にたいという人は自分勝手だと言ってやる。
なぜかって? 自分がそれで楽になっても、残された人は一生心に傷を負うから。
人はいつかは死ぬ。
美丘は、いじめにあって自殺をしようとしていた女子高校生と偶然出会う。
美丘・・「死にたいのなら私は止めない。その変わり私にその命を頂戴」と叫ぶ。
女子高校生はへなへなとそこに座りこむ。
死にたくないのに死が迫っている人の声は、
生きている人間の心に突き刺さる重みがある。